雲の上にあった大学を掴むまでの軌跡
合格体験記集 スレッドNo.2
- No.2 New! 合格体験記 by kyou [219.96.254.79] 2006/03/12 (Sun) 10:52
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私は3年前に神戸大学経営学部に合格しました。高校生だった私にとって神戸大学はおろか、国立大学や早稲田慶応といった大学は全く私とは無縁の大学で絶対手の届かない大学だと確信していました。私は別に難関大学に進学することを望んでいたわけでもなく、かといって大学それ自体に何かを望んでいるわけでもありませんでした。全て公立出身の私にとっては自分の偏差値に見合った大学に行くものだと思っていましたし、何より英語が他の教科に比べて好きだったのと教職につきたいことから地元の私立外国語大の進学を考えていました。偏差値もその大学なら何とか届きそうだったし好きな勉強ができると思っていました。しかし家庭の事情とでもいうべきか、両親は子供を私立に進学させる余裕は無いと断言していました。また志望していた外語大には失礼なのですが、母親はなるべく私立は避けて欲しいけど、もし私立なら授業料の払い甲斐があるところに進学してほしいと断言していました。丁度父親が私の英語好きを考慮してくれたのか、関西の関関同立の一つであり、英語教育に関しては定評のある関西学院を薦めてくれました。当時偏差値が50未満の私にとってあまりにも高すぎた壁でしたが、初めて関学を訪問した時、一気に私は関学のキャンパスに惚れ込みました。こんな環境で4年間勉強できたらどんなに贅沢な学生生活を謳歌できるだろうと。その後何度も訪問しては志望校を関学にして当時の私なりに受験勉強に励みました。センターは受けないで関学一本で本番に臨みました。3学部を受験し、法学部の出来が一番良かったのでひょっとしたら合格できているかもって甘い考えを抱き、少し遅れて合格発表を一人で見に行きました。学校へ向う途中で不合格で泣きながら帰っていく女の子を見ながら、自分もようやく掲示板に目を通しました。そして結果を知ったのです、私は今年浪人生活を送ることを。その年の受験が終わり私は高校を卒業しました。周りの友達はほぼ大学に進学しました。私はみんなより遅れをとったことがどうしても受け入れられませんでした。それも特に何の勉強もしないで無名大学に進学したとしても明らかに時を刻む内容が違いすぎて、恥ずかしながら嫉妬していました。それだけ受験に無縁だった私が突然勉強漬けの毎日をおくることになったことが納得できていなかった。今覚えば恵まれている境遇を自覚できていなかったんですね。そして私は予備校に通いはじめました。高校の時の友達が二人いて最初はそれなりに授業をこなすだけでしたが秋頃から自習室にこもるようにしました。模試は全然結果が出ないままでしたが一日に決めた事はこなしていました。この季節はなぜか友達が予備校に来なくなり全く顔を合わせない日々が続きました。そして彼らはほぼ受験を放棄してしまっていました。私も自分なりにこんなに勉強しているのになぜ結果がついてこないのか不安と焦りで一杯でした。たまに高校時代の友達から電話でキャンパスライフなんかを聞かされると無性にムカついたりして集中して勉強できないでいました。そしてまた受験の頃になり私はまた関学を受験しました。浪人生活で私は自分の適正を考えて文学部に学部を変更していました。そしてその選択は間違っていなかったと思います。そして試験は国語の現代文のミスを除いては残り全て出来ていました。これで受かってくれていればなってそればかりを合格発表まで考えていました。ところが結果は不合格・・・もう意味がわからなくて自暴自棄になりました。親にはすごい暴言をはいたりとだいぶ精神的に荒れた状態になりました。このときはセンターを受験していたので私立のセンター利用で関学よりもだいぶ偏差値の低い大学に本気で行こうとしていました。何度も親に話しましたが、彼らが私が一時的にこのような精神状態だと察知してか、軽く流していました。多分彼らは最後まで私を信じてくれていたんだなって思います。一番荒れた時期に私は仕方なくまた浪人することにしました。そして金銭的にもう迷惑はかけたくなかったので予備校には通いませんでした。今自分には身分が無い、こればかりをすっと気にしていました、マイナス思考ばかりで自分でもこのままではいけないと考え何度も何度も本当に自分のやりたい事やなすべきことをじっくり考えました。そして本当にやりたいことは別にあるのではないか、自分は私立に固執しすぎてはいないか等様々な改善を試みたのです。ちょうど知人が神戸大の経営学部出身で私は彼に学部でどのようなことを学んだのかを聞きました。すると彼はスーパーの棚って実はこういう狙いがあるんだとか、この商品が売れた理由とか身の回りですごく実感できることばかりで話を聞くだけでウキウキしてしまいました。しかも経営学部というあまり聞かない学部なのになぜか親近感がわきました。目指してみようかな・・・そう考え始めました。そしてこの際、国立大学を目指そうと思いました。関学は兵庫にあって当初から神戸に住む事も憧れていたので、神戸大学を目指すことにしました。そして私の受験科目は一気に増えたのでした。文系科目は大体完成していたので、忘れない程度にやっていました。そして数学と生物を受験科目に追加して受験勉強の6,7割にあてました。英語はずっと速読英単語をやっていて、上級編も終わらしていたので趣味のつもりで洋書を原書で読んでいました。世界史はずっと教科書を中心に問題集を何度も解き、知識の整理に努めました。国語はセンター用の問題集で毎朝に国語の問題を解いていきました。数学も同じ問題集で問題をこなし、生物はセンターの過去問を何年もやり遂げました。おかげで国立に対処できる学力がつきはじめました。秋にあった神戸大模試がありそこで偏差値60台とまあまあな出来でセンターに臨みました。そして理想点数を現実に取る事ができました。なんとセンターリサーチ神戸大学経営、全国3位が出たのでした。すごく嬉しくてようやく努力が実りかけているなと思いました。そして迷わずに前期に私は神戸大を受けました。そして思ったほど出来は良くないと実感していましたが自己採点で厳しくつけても7割は正解していたのであとは結果を待つのみでした。そして合格発表当日、丁度ネットで発表があったのでパソコンの前で待機していました。そして丁度発表の時間になってアクセスすると込み合いすぎていて全然表示されないのです。何度もアクセスするのですがなかなか開かない。困ったなあ・・・嫌な感じがするなって思っていました。父親も隣にいましたが、なぜかやたらに合格しているだろうの一点張りでした。そしてとうとうアクセスできて経営学部合格者リストが出た瞬間に自分の番号があったのです。おもわず父親と握手してました。もう嬉しいというよりは信じられなくて素直に喜べない状態でした。そして昼に父親と神戸まで見にいきました。3時頃について掲示をみて再度自分の番号を確認しました。ようやく実感が出てきたのがこの時でした。やっと大学生になれたんだ、しかも自分にとっては絶対届かないと思っていた神戸大学生になれたんだと思いました。そしてキャンパスを見歩いていたら丁度テニスをしているサークルがいました。思わず父に、『私こんな良い大学に入ってもいいのかな』って言ってたのです。ほんとに素直な言葉だったなと今でも覚えています。今となっては最終学年です。それなりに学生生活を謳歌してきましたし残りの一年も謳歌していきます。将来は大学院に進学して研究者になるつもりです。ほんとに思い描いていたことと全然違った今だけど凄くツライことも経験したけども、この体験が大きく人生を良い方向へ導いてくれたと思っています。皆さんも、受験で何かと大変だと思いますが、自分の意志次第でどうにでもなるものです。意思を持ちつづけることも一つの学力なのではないかと確信しています。少しでも参考になれば幸いです。
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