会議室

授業は必要か?


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[27] (無題) 投稿者:東大2年 (2005/02/25(金) 18:39 yahoobb221088179157.bbtec.net)
授業受けないで理解できるなら、学校に行く意味ないんじゃない?
さっさと高校辞めて、大検受けて、大学いけばいい。

[26] (無題) 投稿者:<15 (2005/02/19(土) 08:32 156.133.148.210.dy.bbexcite.jp)
成績悪い香具師は授業聞いてる
が、理解出来てるかどうかに成績はかかっているのだ
だから授業聞いてなくても理解出来てりゃ成績優秀
聞いててもそれが坊さんの念仏と同じようにサッパリってレベルならシャーネーダナ(´∀`)プッな点を取るw
授業受けても、受けててわからんかったら予習復習くらいする根性が必要だろ、授業が理解できんレベルならよ
授業聞いてるだけで真面目面してんじゃねーよ
授業じゃ全然大学受験に足りんから自分で参考書問題集を解き進めてる漏れの方がよっぽど上だっつの(プゲラ

[25] (無題) 投稿者: (2003/03/03(月) 15:38 p84-dnb01awa.osaka.ocn.ne.jp)
そうですよね!!

[24] 人それぞれ 投稿者:むん (2003/02/18(火) 19:24 zaqd37c394b.zaq.ne.jp)
人それぞれだと思います。
僕は参考書・問題集のみで志望大学に合格しました。
僕からしてみれば、予備校はめちゃくちゃ高いわりに、あんまり授業ないですし、自分のペースでできない、などと良いとはあまり思えません。

ただ、友人には予備校がないと勉強できないという人もいましたし、まさしく人それぞれだと思います。

また、学校の授業ですが、あれは無責任ですね。
「学校の勉強さえやっていればセンターレベルは大丈夫。教科書のレベルを超えることはないから」と教師は口をそろえて言ってました。すごく無責任ですよね。教科書もピンキリだし、もし学校の授業だけで大丈夫なら予備校はどこもつぶれてるっつーの!だから3年2学期になったら学校サボって勉強することも大切だと思います。

[23] (無題) 投稿者:phoocho (2003/02/15(土) 19:56 yahoobb218183072046.bbtec.net)
>21
まさにその通りでしょうね。
師を志した理由が自分の安定のためであれば、どうでしょう?さらに、学ぶ事を止めた師もいますね。誤りを何度指摘しても直らない。

>22
確かに1月10日に新しい事やろうってのも、無理がある。

 俺は、授業中に一切教えない教員に当たったことがある。教室に来ない事もあった。そこで解った事は、成績の順位は他の教科と似たり寄ったりだったということだ。結局、(客観的な)成績は授業にではなく、自らの志に現れるものだと感じた。

[22] (無題) 投稿者:NM (2003/02/15(土) 02:38 tcn007128.tcn-catv.ne.jp)
学校の授業は、教科書レベルの理解の場として有効ですので、基礎力の養成には非常に大事だと思います。でも受験にはそれだけでは不十分です。なので、受験勉強を自分で進めていって、学校の授業が自分のレベルより低くて、聞いても意味が無いと自分が感じるようになったら、内職するのがいいと思います。   みんなが内職してるのに、一人で高3の終わりまでしっかり授業は聞いて、テストもいい点取るのに、後から聞いたら受験では全滅したっていうヤツを僕は何人か知ってます。学校で教えること以上のことが受験では必要だってことだと思います。  教師のなかには内職するといやみを言うやつがいますけど、そんなのにはかまわず内職をするのが自分のためになると思います。

[21] (無題) 投稿者:おてら。 (2003/02/08(土) 02:19 mynfa-01p1-199.ppp11.odn.ad.jp)
>>20 何かいっぱい書いてあるようだが、ここは教科書について語るスレではなく授業について語るスレだ。
あなたはいい師に会っていないようだな。
人間を作っていくのは、親、友、師だと考えているんだが、授業をなくすと師が減るのではないか。
そもそも授業を勉強のためだけととらえるならば必要ないかもしれない。でも授業では他の何かも得ることができると思う。
駄文でスマソ。

[20] (無題) 投稿者:phoocho (2003/02/07(金) 20:28 yahoobb218183072029.bbtec.net)
学校の授業が役に立った方の気に障るでしょうが

教科書は全ての生徒が読むものである
 ⇔全ての生徒が読めるもので無ければならない
 ⇔全ての生徒が理解する範囲を超えてはならない。

全ての生徒の学力が向上するわけではない
 ⇔学力が伸びない人も居る⇔学力が伸びないことを前提に含めいれる
 ⇔教科書は学力が向上する事を考え入れない

授業は全ての生徒が受けなければならない
 ⇔授業は全ての生徒が理解しうるものでなければ意味を持たない
 ⇔授業の程度は全ての生徒が理解しうる(はずの)教科書に設定される。

成績は生徒の学力を客観的に適切に評価したものでなければならない
 ⇔成績に主観が含まれてはならない
 ⇔成績は客観性を持たなければならない
 ⇔数値化による評価

全ての生徒は授業に出席しなければならない
 ⇔授業に強制力をもたせなければならない
 ⇔成績に反映する

矛盾しているんです。成績の定義と実際とは相容れません。テストは現状で客観的に生徒の学力を測る唯一の手段ですが、テストで優れた理解力を示しても「難癖」つけてくるんで困りましたね。教科書の練習問題は四則演算にとどまりますしね。難癖つけても限度があるんですよ。テストによる数値評価を否定すれば学校システムはダウンしますから。

[19] (無題) 投稿者:おてら。 (2003/02/05(水) 20:49 mynfa-01p1-114.ppp11.odn.ad.jp)
別に朗読会だけではないと思うが・・・

どっちかと言えばできる人がここには集まってるのだろう。どうしても偏った意見が多いし。

>>14には超禿同です。興味は学習効率を絶対あげるよね。

[18] (無題) 投稿者:phoocho (2003/02/05(水) 20:36 yahoobb218183072052.bbtec.net)
教科書の朗読会は明らかに無駄。

[17] (無題) 投稿者: (2003/02/04(火) 23:05 host5.l-net.ne.jp)
現役のころは内職してました。

[16] 暴言言う人が増えた・・・。 投稿者:eve (2002/03/31(日) 02:59 p23-dn03kagawanwc.kagawa.ocn.ne.jp)
名前もかかずいい加減なこと言わないでいただきたいのですが・・・。あなたが、できるかもしれませんが、本当にまったく授業なしでできるのですか?それに人を中傷するだけでなにか楽しいですか?

[15]   投稿者:   (2002/03/30(土) 21:34 tra8c114.kcn.ne.jp)
できないやつに限って
内職は最低とか授業は大切とか言うよね。

[14] (無題) 投稿者:eve (2002/03/11(月) 03:57 q12-dn01kagawanwc.kagawa.ocn.ne.jp)
自分としては授業はすごく大事だと思います。授業をうけることで視野がひろがると思っています。それに勉強するという動機につながるのではないでしょうか?まだ、専門的なことはよくわかりませんが個人的にさまざまな先生や授業を通じて新しい興味をもちました。だから授業とは自分たちの多くあるうちのひとつの機会を提供してくれる場と考えてはどうでしょうか?

[13] >業怪人さん 投稿者:マウスバード [HP] (2002/03/01(金) 00:15 m027093.ppp.dion.ne.jp)
>年配の人がパソコンスクールに通うようなものです。確かに初心者向けに易しく教えてくれるかもしれない。しかし、その進行速度はとてつもなく遅く、使えるようになるまで時間がかかりすぎます。
>結局は、自分で使用説明書(最近は読みやすくなっている)を読んで、雑誌を読んで理解するしかないと思います。
うーん、いろんな考えが頭を巡っております。
この問題を考えるには
>「興味」や「才能」という点を踏まえ、また「理解」及び「記憶の定着力」というのを考えなければならない
と思います。

例えば、私は「ゲーマー」で当然パソコンなんか「苦手意識」なんてものはなかったです。
こういう私だから、パソコンを買った当初、「適当な初心者本を読んだり、そういったサイトを除くだけ」でまあ、基本的なパソコンの動かし方は「すぐに」できるようになりました。つまり、こういう私には「パソコン教室に通うこと」よりも「適当な初心者本を読んだり、そういったサイトを除く」ほうが遥かに「短時間」で済む、ということになるでしょう。また「自分なりの試行錯誤の結果で覚えた操作」もあり、そういったことは「他人に教わった」ことよりもハッキリ覚えているものです。

ところが「私の親父」の場合は全く事情が異なります。
機械の「苦手意識」がバリバリに強いんです。うちの親父がまともに動かせる電化製品なんて「懐中電灯」ぐらいのものです。つまり「ONとOFF」ぐらいの操作しか対応できないんです。(本当)
わかりやすいのは「ビデオの録画予約」ですね。できたためしがありません。(^^;
 この親父が何を思ったか数年前突然「パソコン」を買いました。
この意地っ張りの親父のデスクには「初心者向けパソコンの解説書」が存在してます。私が見て「極普通の初心者向け解説本」です。
 最初はちゃんと読んでいたようです。(ラインがひいてあります・ページもめくった跡があります^^;)
ところが「半分から先」はめくられた形跡がありません。どうやら「わからなくなった」もようです。
 しばらくすると「一家の電話代」が突然上がりました!
おわかりですか?「初心者パソコンセンター」に聞きまくっていたわけです。
いやあ、よく声が聞こえましたから面白かったですよ。

オペレーター:「お使いのパソコンの「機種」はなんですか?」
親父     :「パソコン?俺のパソコンは”Windows 95”!」
オペレーター:「いやあのパソコンの「機種」を聞いているんですが・・・」
親父     :「何!!!! だから”Windows 95”だって言ってるだろうが!!!\(`0´)/(ものすごい怒号!)」

このレベルの人が「初心者向け解説書」のみで「パソコンを動かす」のは不可能だと思いませんか?(^^;
いやあほんと、オペレーターの人には感謝しますよ!この親父、一応動かせるようになったんですから!(どうやったんだろう・・・・?^^;) ああもちろん、『最低限度』のことしかできませんが・・・・(^^;

つまり「機械に対する興味」がなく「理解力」がない場合、「短時間で効率よく覚えよう」とするよりも、「如何にキチンと覚えられるか」の方が重要度があるように思います。

また、私の親父の場合、どうしても「短時間で効率よく覚えよう」ということを考えた場合、
・「初心者向けパソコンの解説書」をたくさん読み、解読を試みるだけの場合→10年たっても動かせない
・パソコン教室に通った場合→まあ2、3ヶ月ありゃあ、もうちょっとまともに動かせるぐらいになれる
と、私は思います。


同様のことが言えると思うんです。勉強の場合でも。

私の専門でごめんなさい。「英語」で考えて下さい。
私は「英語の苦手意識」がバリバリに強いんです。中学高校時代、英語で赤点以外取ったことはないんです。平均80点台のテストで「7点」という成績を獲得し、「453人中453番目」という記録の持ち主です。(同記録は2回記録しています^^;) なにせ come の過去形を comed と高3まで思っていたぐらいだからなー・・・

 私は生まれつきの「英語の才能(能力ではない!)」をほとんど持ってないと思います。
>よく「英語に才能なんてない」という人がいますが、それに関しては私は否定的です。
生まれつき運動能力が高い人(例えば足が速い人)もいれば、低い人(遅い人)もいるはずです。
「100人で一斉に100m競争をした」場合、全員が「同タイムでゴールしない」はずです。
それと同じで、生まれつき「英語(とか語学)の才能」が豊富な人もいれば乏しい人もいると思います。
少なくとも「100人が100人、『誰もが寸分違わず』同じ「英語(とか語学)の才能」を持っている!」とは思いません。
ちょうど「100人で一斉に100m競争をした」場合、全員が「同タイムでゴールしない」のと同じように。

 高3の時、当時の塾の先生に薦められた「初心者向け参考書」(今から思えば良くできている初心者向けの参考書)を購入しました。その本の使い方まで教わりました(←今から考えればこれが間違っていたのだが^^;)。内容を「一応」理解しました。(もちろん実際は「間違った理解」!)
 いざ試験問題に立ち向かっても「全く歯が立たなかった」です。。°(ToT)°。

こんな私ですが「予備校で浪人(2浪)」したら、志望校(早稲田)に合格できたんです。
つまり、私の場合
・「初心者向けの英語の参考書」をたくさん読み、試行錯誤をしただけの場合→10年たっても成績は上がらない
・予備校に通った場合→まあとりあえず「英語の先生」になれるぐらいの実力は身に付いた
と、私は思っています。

あと「記憶の定着」というのも大事だと思います。
参考書のみの場合、「見て、読んで、(書いて)」覚えるべきものを覚えますよね
授業を活用した場合「見て、読んで、(書いて)、聞いて、(感じて)」覚えるべきものを覚えます。
要するに、私みたいな「記憶力の乏しい人間」にとっては
「見て、読んで、(書いて)」覚えるべきものを覚える、よりも
「見て、読んで、(書いて)、聞いて、(感じて)」覚えるべきものを覚える、ほうが
記憶の定着力が良いんです。(特に嫌いな物(=英語)を覚える場合)
例えば
○○先生が「時・条件を表す副詞節は未来のことでも現在形で書く」と言ってたことは、「その時の先生の顔や口調と共に」今現在でも鮮明に覚えております。
 前出の「初心者向け参考書」にも「時・条件を表す副詞節は未来のことでも現在形で書く」と書いてあったはずなんです。でも全然記憶に残っておりません!(^^;

ただ、あくまで私の場合で考えています。
「初心者向け参考書」に「時・条件を表す副詞節は未来のことでも現在形で書く」と書いてあるのを『すぐに覚えてしまえる人』も大勢いらっしゃるはずです。(注意!「授業は必要か?」に対する私の意見は「人に拠る」です!)


>予備校に話を戻すと、確かに説明は詳しいかもしれないが、演習の量とバリエーションがあまりにも乏しいことについてはどう思われますか?授業でやったことだけでは全く足らないでしょう。
私は「演習の量」は足りていると思います。まあ2浪の私が言うとちょっと説得力が欠けますが、まあ高校卒業時の英語力が「0」ということから考えてくだされば、6年分が2年分に凝縮されたようなものと考えていただきたいのです。(大概の浪人生は「それなりの英語力」があった上での浪人のはずですから。私にはそれがありません!「0」からですから)
少なくとも私が通った予備校では
(1年間で)
「長文数」=テキスト「80文」+週間テスト「20文」+模試「20文」
ぐらいはあったし、これに(結局やるはずの)”過去問の長文”があと「20文」はプラスされれば
合計「160文」になります。長文の演習量としては「やや多い」ぐらいだと思います。
「文法・語法」=巷にある問題集2冊分ぐらいの量はありました。

>「授業でやったことだけでは全く足らない」でしょう。
それは「単語の記憶勉強」ひとつとっても言えると思います。
さすがに「単語・熟語の授業」というものはなく、これは授業以外で(例えば「電車の行き帰り」などで)やって覚えるものでしょう。
また「自分の志望校の過去問演習」もわざわざ授業ではやってくれません。それはどこかで時間を作ってやらなければならないでしょう。
>学校に通うと、通学や予習復習のオーバーヘッドが多いので、自分で補う時間はないでしょう。
授業以外の大事な要素(例えば、過去問演習など)ひとつとっても、それをやる時間を作るのは(自宅のみの場合と比べた場合)難しいと思います。
ただ、できないことはないと思います。(というか私はやったんですけど^^;)

私には「究極の時期」というのがありました。(2浪の時の2ヶ月ぐらい)
>「風呂に入っている時と自転車に乗っている時」以外は勉強をする!
電車の行き帰りは→単語帳・熟語帳・古文単語帳とにらめっこ!
食事中でも→単語帳・熟語帳・古文単語帳とにらめっこ!
睡眠中は→とうぜん「テープ」を使って睡眠学習!


「たとえ「授業」(及びその予習復習時間)が大きな時間的シェアを占めていても」要は「如何に真剣にやるか」「工夫するか」によって、授業以外の要素の勉強はできると思います。
 起きている時間の全てが「授業時間」ではないのですから。

[12] (無題) 投稿者:はるぼー (2002/02/28(木) 23:42 nihfi-01p3-199.ppp11.odn.ad.jp)
>大学の入学者獲得競争が、市場競争でなくてなんなのですか?
おっしゃるとおりですが、卒業する際になんらかの資格が与えられるものが純粋に授業だけで市場競争をしているわけではないのに対し、予備校や塾ではそういった付加価値のない市場競争ですから、という意味です。

>学科の教育内容が知られていないという点は、
>予備校の授業内容がさっぱり知られていないのと
>同じことでしょう。
もう一度読んでください。そんな細かいところの話ではなく、
(大学受験の内容)という意味で、一般に知られているでしょう?以下私の前発言の引用です。
>「どの学科がよいか?」という問題は大学受験予備校が
>よいか、司法試験予備校がよいか?くらいの違いがある
>と思いませんか?

>これは必要です。なぜなら、初等中等教育は、本人のためでなく、
>社会のために行われている部分が多いからです。
>やる気がなくても、本人に何らプラスでなくても、
>強制する必要があります。
中学校や高校が必要か?の議論ではなく、授業が必要か?の議論です。中・高での学科の授業が社会のために「強制すべき」内容とお考えですか?また、高校の場合、義務教育ではありませんが、同様にお考えですか?

>純粋に「勉強した量」に比例します。受験勉強には、頭の良さなど何の関係もない。
「勉強した量」に比例は同意しますが、比例定数に個体差があると思います。
また、「頭の良さ」がさほど関係ないのも同意しますが(ただ医学的に、生物学的に無茶を言っている気がしますが)、受験勉強を開始する以前に身についている「国語力」(日本語読解力というべきか)には大きく依存します。

あなたも薬学出身であれば生物学的な実験で個体差は無視できないくらいのことも、統計における「有意差」の意味もご存知でしょうから、もう一度考えてみてください。

[11] 時間がかかる点については? 投稿者:業怪人 (2002/02/28(木) 08:03 ntchba020049.adsl.ppp.infoweb.ne.jp)
 マウスバードさんへ。

 なるほど、要約すると、
「学力が非常に低い時は、人に聞くとわかることがある」
「予備校の授業についていくことで、ペース配分ができる」
ってことですか。

 後者は確かに人それぞれなんですが、前者は、適切な本を選べば解決するような気がしますね。とはいえ、初心者は、「適切な本」を選ぶことが難しいわけですか。

 予備校に通うことは、年配の人がパソコンスクールに通うようなものです。確かに初心者向けに易しく教えてくれるかもしれない。しかし、その進行速度はとてつもなく遅く、使えるようになるまで時間がかかりすぎます。
 結局は、自分で使用説明書(最近は読みやすくなっている)を読んで、雑誌を読んで理解するしかないと思います。

 予備校に話を戻すと、確かに説明は詳しいかもしれないが、演習の量とバリエーションがあまりにも乏しいことについてはどう思われますか?授業でやったことだけでは全く足らないでしょう。
 学校に通うと、通学や予習復習のオーバーヘッドが多いので、自分で補う時間はないでしょう。

[10] 初等中等教育は事情が異なる 投稿者:業怪人 (2002/02/28(木) 07:45 ntchba020049.adsl.ppp.infoweb.ne.jp)
>大学が、市場原理の中で生きているなら、また、学科の教育内容が一般に
>知られているなら、おっしゃるようにその議論も不要かも知れません。

 なんのこっちゃ。
 大学の入学者獲得競争が、市場競争でなくてなんなのですか?
 学科の教育内容が知られていないという点は、予備校の授業内容がさっぱり
知られていないのと同じことでしょう。行かなくちゃわからないんですから。

>というより、「授業が不要」ということなら高校も中学も授業は
>不要ということでしょうか?それはそれで面白いと思いますが

 これは必要です。なぜなら、初等中等教育は、本人のためでなく、社会のために行われている部分が多いからです。やる気がなくても、本人に何らプラスでなくても、強制する必要があります。

>たかだか大学受験レベルでは個体差に依存しない、ということなんでしょうか?

 その通りです。純粋に「勉強した量」に比例します。受験勉強には、頭の良さなど何の関係もない。

[9] (無題) 投稿者:tan (2002/02/27(水) 22:59 p7222-adsan10hon-acca.tokyo.ocn.ne.jp)
授業→必要っちゃ必要!いらないっちゃいらない!

[8] >ラットバードさん 投稿者:マウスバード [HP] (2002/02/27(水) 20:21 m027044.ppp.dion.ne.jp)
>将来チミがオオきくなったときチミのかかえてる悩みを解決してくれる人なんかいやしない。
そりゃあ解決してくれはしないでしょう。
>自分で、独力で解決していかねばならんのだよ。
最終的にはそうでしょう。

でもその「解決に向けての手助け」や「相談相手」になってくれる人は大勢いると思います。
私の[6]の意見はそういう意味です。

だいたい「なんでも人任せ」で「受験でさえ成功する」のならば、いい先生の授業を受けた人は100%全員合格していることになるでしょう。そんなことにならないのは「そこに自分で解決する(=先生の意見なりを、・自分なりに昇華する・創意工夫・想像をする)」という過程があるからだと思います。どうでしょうか?

私は「一人だけの力だけでは限界がある」と思っています。
だから「他人様のお力」も借りたわけです。上記のように人の力に頼ったのではありません。
さまざまな方のいろんな「英知を借り」、時には大勢での「共同」で行う作業の方が、たった一人で考えて作業をするより、さまざまな面でマシだと思います。どうでしょうか?
私の[6]の意見はそういう意味です。


つまり、あえてあなたの言葉を借りて書くとこういうことです。(お互いに根拠がないとは思いますが^^;)

すると、若い頃からいっつも一人きりの力だけで生きてきた輩は、最後に花を咲かせる事ができない。今しかないんだよ、チミ。現状でもういいというのならもう何も言うまい。あとはチミが決断するのみ。以上。

[7] 否。 投稿者:ラットバード (2002/02/27(水) 15:30 spider-tok-ta042.proxy.aol.com)
しかしねチミ、確かに大学受験はそれでのりきれるかもしれない。でも、もっと先のことを考えてみなよ。将来チミがオオきくなったときチミのかかえてる悩みを解決してくれる人なんかいやしない。自分で、独力で解決していかねばならんのだよ。わかるね。すると、若い頃からいっつも人の力に頼って生きてきた輩は、最後に花を咲かせる事ができない。今しかないんだよ、チミ。現状でもういいというのならもう何も言うまい。あとはチミが決断するのみ。以上。

[6] 人に拠る気がします。 投稿者:マウスバード [HP] (2002/02/27(水) 00:37 m026194.ppp.dion.ne.jp)
>私の問題意識は上記のとおり、「授業不要論」です。
私のような、勉強嫌い、基礎学力、理解力、記憶力、応用力が「極度に乏しい」人
なにより、
私のような 『自堕落人間』 フーン ( ゜┌・・ ゜) ホジホジ♪
には必要だと思います。

逆に、勉強好き、基礎学力、理解力、記憶力、応用力に「自信がある人」
なにより、私と違って
「自制心が強い人間」
には不要かもしれません。

>立派な教科書や参考書や問題集があるのに、わざわざ金を払って人から授業を受けるのはバカバカしくありませんか?
その教科書や参考書の書いてある内容がきちっと理解できるのならば、バカバカしいと思います。
昔の現役時代の私(全ての科目の偏差値30台(T T))には「大概の教科書や参考書の書いてある内容」はチンプンカンプンで何が書いてあるか理解不能でした。いや本当は「解説の内容(例えば文法用語の意味)」を「たぶんこんな意味だろう」と勝手に開発して「間違った理解」を身に付けてしまってたりしてました。(─┬─ o ─┬─)

>「わからなかった時に質問できる」
>という問いには、
>「わからないので人に聞いても、わかったためしがない。自分で考えて、もっと易しい本を探して読んで解決するしかない」
>ということになります。
少なくとも私には「わからないので先生に聞いたら、『よくわかった!v(°∇^*)⌒☆ぶいぶいィ〜♪』ためし」は非常に多くあります。
もっともそれは「浪人時代」の予備校の先生に限った話ですけどね。
高校の先生方からは(わるいけど)「適切な説明」を聞いたことがなかったですなー(^^)
浪人して初めてわかったことですが「予備校の先生方」は大概(全部とは言わない!)説明が上手です!
もう「目からウロコ」が100万枚ぐらい出ました![壁]TT)ダー

また、先生によっては「楽しい授業」というのがあるんです。「勉強嫌い」な私は「参考書を読む」より「楽しい授業」を受ける(注意・ちゃんと予習して受ける)ほうがやる気がしたものです。



また、。。。。。。。。。
(なにせ私は「自堕落人間」ですからねー)私みたいなタイプの人間が「参考書だけ」で受験を乗りきろうとしたら、たぶんこうだったでしょうねぇ。。。。。。。
 例えば「今月中に『○○○』という参考書仕上げるぞ!」と意気込んだとしましょう。
まあ、予定通りいかないでしょう。すると次の月に
 「しまった、予定の半分しか行かなかった!じゃあ今月は『先月の残り』&『×××』もやらねばならなくなったぜ・・・。頑張ってやろう!」と意気込むでしょう。
まあ、良くって『先月の残り』が終わるぐらいでしょう・・・・・
 要するに私のような人間だと「甘えが出る」ので、予定通りこなせる確率が、「今の公定歩合」よりも少ないわけです。(^^) これじゃあ上手く行かないと思います。

ところが、予備校などのコースなら
  「授業」にでるために「予習」をする!
と決めてしまえば、それに則ってやるだけです!(則らなくなったらそこでおしまいだが)これなら予定通りこなせる確率が、「今の小泉さんの支持率」よりは多いでしょう。(^^) これだと上手く行きやすいと思います。


したがって「私みたいな人間には少なくとも必要」なのではないかと思います。
(私は浪人時代、予備校のテキスト以外の参考書(単語帳などは除くけど)を一切使用していません!)
(゜゜)(。。)ペコリ!

[5] (無題) 投稿者:はるぼー (2002/02/27(水) 00:22 nihfi-01p4-185.ppp11.odn.ad.jp)
>なるほど、では、「どの大学がいいか」「どの学科がいいか」という議論も、一切不要なわけだ。
???
「どの予備校がいいか」などの議論が不要だとは言ってませんが。

大学が、市場原理の中で生きているなら、また、学科の教育内容が一般に知られているなら、おっしゃるようにその議論も不要かも知れません。予備校の教育内容は(大学受験の内容)というのは一般に知られているでしょう。
「どの学科がよいか?」という問題は大学受験予備校がよいか、司法試験予備校がよいか?くらいの違いがあると思いませんか?

というより、「授業が不要」ということなら高校も中学も授業は不要ということでしょうか?それはそれで面白いと思いますが・・・

>1章1日として20章で20日、復習と演習で10日として、やっぱり一ヶ月です。
生物の知識0の状態から問題集一冊だけで可能なんでしょうか?辞書代わりの参考書の一冊くらいは必要でしょ?というより、断定しているのは、たかだか大学受験レベルでは個体差に依存しない、ということなんでしょうか?

[4] (無題) 投稿者:業怪人 (2002/02/27(水) 00:01 ntchba020195.adsl.ppp.infoweb.ne.jp)
>「必要な人」が世の中に存在し、その需要があるから、予備校が存在
>するのであって、すべての人に「必要でない」ような予備校であれば、
>ほっておいても潰れるでしょう。

 霊感商法を必要とする人が世の中に存在し、需要があるから、霊感商法が存在するのであって、すべての人に「必要でない」ようなれ霊感商法があれば、放っておいても潰れるでしょう。

[3] (無題) 投稿者:業怪人 (2002/02/26(火) 23:58 ntchba020195.adsl.ppp.infoweb.ne.jp)
>「生物は、1ヶ月で個別学力検査レベル」な方法を本に書いて出版すれば大儲けじゃないですか?おっしゃるように予備校なんて必要なくなるでしょう。

 予備校なんかに通って、週2時間程度でだらだらやるから、1年かかるんですよ。毎日4時間やれば、1ヶ月もかからない。
「精選 生物 問題演習 IB II」(旺文社)
この問題集やるのにどれだけ時間かかります?
1章1日として20章で20日、復習と演習で10日として、やっぱり一ヶ月です。

>それが市場原理ですからそれ以上の議論は必要ないと考えます。

 なるほど、では、「どの大学がいいか」「どの学科がいいか」という議論も、一切不要なわけだ。良くなければ市場原理でつぶれるんだから。

[2] 必要ない人は使わなくてよい。 投稿者:はるぼー (2002/02/26(火) 23:55 nihfi-01p4-185.ppp11.odn.ad.jp)
大学の授業はまた別の話ですが、
予備校や塾は別に行ったからと言って何か資格が得られるわけでもないわけですし、なんら強制されるものでもないわけですから、
業怪人さんのように、「自分で出来る人」=「必要ない人」は別に金払っていく必要はどこにもなく、「必要ない」でかまわないでしょう。強制は誰もしてないんですから。
「必要な人」が世の中に存在し、その需要があるから、予備校が存在するのであって、すべての人に「必要でない」ような予備校であれば、ほっておいても潰れるでしょう。
それが市場原理ですからそれ以上の議論は必要ないと考えます。

[1] 授業は必要か? 投稿者:業怪人 (2002/02/26(火) 22:58 ntchba020195.adsl.ppp.infoweb.ne.jp)
 薬学部受験のところで議論するのなんなので、こちらに書いてみました。

 私の問題意識は上記のとおり、「授業不要論」です。
 立派な教科書や参考書や問題集があるのに、わざわざ金を払って人から授業を受けるのはバカバカしくありませんか?予備校や塾だけでなく、大学の講義も、誰が教えても同じである基礎科目については、いらないと思います。
「どんな参考書がいいのかわからない」
という反論には、
「どんな予備校や講師がいいのかも、よくわからないではないか」
という再反論ができますし、
「わからなかった時に質問できる」
という問いには、
「わからないので人に聞いても、わかったためしがない。自分で考えて、もっと易しい本を探して読んで解決するしかない」
ということになります。


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